いまだ、赦せてないじゃないの
壱岐から帰って来た後で
いよいよ、
来月の個展(厳密には生徒の作品も展示します)
に向けて制作が始まった。
個展をするのは、
2年も前から決まっていたことなので
もっと早くから描けばいいのに
″今″なのだ (^^;)
″今″、
描きたいもの
描きたい「いのり」が
明確になったから描ける 。
それは、
自分の経験を通しての
意識の進化とも言える
春 4月
2025BIWAKOのスタッフとして
神事に参加したことが
意識進化の通過儀礼として大きかった。
いろんな意味で
表現できる可能性を拡げることができた。
2025BIWAKOで
影アナという大役を得ていたが
本番中
大きなミスをしてしまい
舞台監督をはじめ
演者さんや音響さんに
迷惑をかけてしまった。
舞台が進行している間も
そのことを悔いて
集中出来なくて
このことをハイヤーセルフは、
「自分のミスを赦して良い!!
赦しの訓練
ポジティブに生きる訓練なんですよ!」
と、伝えていると信じて、
とにかく
自分を赦そうと
起こってしまったことを
ポジティブに捉えて
アナウンスの役目を続けた。
アナウンスを終え
客席から舞台に対し
拍手が起こった時
目から涙があふれ
シナリオがビショビショになるほどだった。
舞台監督や音響さんに
詫びを入れると
みなさん
赦してくれていた。
そんな優しさを
今も振り返ると
胸がいっぱいになる。
赦されても
苦しかった当時を思い出す。
胸がいっぱいになるということは、
まだ、苦しさを持ち続けているのだ
ということを
今、このブログを書きながら知った。
ここは、
向き合って癒していくことにする。
ポジティブに♪
イルカと赦し
自分を赦すことは、
なかなか困難なことだ。
では、
災害や争いに巻き込まれたとき
または、
突然のネガティヴな出来事が
起こった時、
わたしたちは、
その現象を与えた
憎しみの対象を見るのではないだろうか。
その対象に
怒り、悲しみのエネルギーを
注ぐことをしてしまいがちだと思う。
「赦しなさい」
かつて、
キリスト教系の保育園に勤めていて
何度も聴いた言葉。
「許す」は、
許可するという意味合いで使われ
「赦す」は、
罪を償わせるのではなく、
無償で許すことを意味すると言う。
今日は、
終戦記念日。
どれほどの人の
赦さない思いが
今も残っているのだろうか。
それは、
日本のみならず
世界中に
この地球のエネルギーとして
存在する。
壱岐へ行って
たくさん祈り
いろんな気づきを与えられた。
その旅中
インパクトがあった出来事は
最初からの計画で
お仲間さんと
辰の島へ行き
島のどこかで自分の表現を楽しみながら
地球へ祈りを捧げたいと
思っていた。
辰の島へ上陸すると
船に乗っていた観光客は、
みんな海水浴客で
ビーチに向けて
足早に歩いて行った。
残されたわたしたちは
ゆっくり遊歩道を歩き
ビーチへと向かっていた。
歩いて3分くらいしたところに
小さな入江があり
砂浜も少しある。
お仲間さんと顔を見合わせ
″祈りを行うのは、ここだ″
と、同時に理解した。
その日、海上は
風が強く荒れていて
その入江は、
砂浜に向かうと
背中側も岩が切り立っていて
前後から風が吹きさらしてくる。
わたしは
習い始めた龍笛を持ち出し
構えると
風が笛の穴を通り抜け
自然に笛を鳴らした。
″龍神が音を鳴らしてる…″
お仲間さんが
波打ち際でフラを始めた。
わたしも
まだ3音しか鳴らせないが
彼女の踊りに合わせて
笛の音を鳴らす。
波が強い中で
こちらの島に来られたことや
グリーンブルーの美しい自然に感謝し
幸せな気持ち いっぱい。
ただ、 ただ、
きれいな音が出せるようにと願い
意識を集中させた。
至福のときだった。
それで満たされたわたしたちは、
船で壱岐に戻り
港そばにある
飲食店に入った。
漁師さんが営んでいる店。
漁師さんは
フレンドリーなかたで
これまで
どんな船に乗って来たのか。
船員の生活は、
どんなだったのか。
どれほど新鮮なものが
店頭に並ぶのか。
教えてくださった。
店を後にするとき、
何気に
「島からイルカが見られるところって
ありませんか?
船から見えるかと思ってたけど
見れなくて…」
と言うと
漁師さんは
驚くべき歴史を教えてくださった。
「昔、漁をすると
イルカが魚を食べにくるので
イルカが邪魔になり
島に追いやった
島に慰霊碑があっただろ!
もう このあたりでは
イルカは見られなくなった」
その言葉に唖然とした。
慰霊碑があった場所。
それこそ、
わたしたちが祈りを捧げた砂浜だった。
″海豚慰霊碑があるなぁ″
とは、思ったけど
海で(自然に)亡くなったイルカを
供養するために建てられたもの
くらいに思っていた。
漁師さんの″慰霊碑″という言葉と
その表情から
イルカは
人間に殺されたんだとわかる。
漁師さんは
8年前から漁をされてると言われていた。
イルカの悲しい歴史は
1980年代のことだと
調べてわかったから
当時は 漁師ではなかったという事実を
ここで強く書いておく。
わたしたちは、
無意識に
イルカたちが大量に亡くなった場所を選び
そこで
祈りを捧げていた。
宿に帰ってから
ハイヤーセルフさんに
そのことを聴いたら
″イルカたちは
そのことを怒ってはいない。
むしろ、
「自分たちのことを
覚えていてくれて感謝している」″
と、伝えてくれた。
イルカの赦しだった
イルカは、
″今、ここ″に生きる 愛の存在。
過去の出来事は
全て赦しているのだ。
そんな出来事を
今、個展用に描いてる。
描けば描くほど
イルカの赦しが
どんなに大きな愛なのか
しみじみわかる。
過去に執着しない。
″今、ここ″に生きる。
イルカの宇宙意識を
人類が見習い
ネガティヴな出来事へ向けたエネルギーを
赦すという
愛のエネルギーに
変えていける時
地球に
調和が訪れるのだろうと
”理屈で分かっている。”
生身のわたしは
思い出すと
胸がいっぱいになるくらい
まだ
自分自身をも赦せてないのだから。
それでも
調和の世界が訪れることを信じて
今日の終戦記念日、
正午に黙祷を捧げたいと思う。
長文、読んでくださって
ありがとうございました。
それでは、今日は このあたりで…(*^^*)









